ちなみに音楽大学の入学試験って、どういう感じなのですか?

私の場合ですけど、1次試験は、バッハの平均律のなかから1曲、ショパンのエチュードのなかから1曲を演奏します。それが受かったら、2次試験は、古典のソナタから1曲、現代音楽から1曲を弾きます。

筆記試験はないんですか?

実技が受かってから筆記なんです。まず演奏ありきなんですね。それができないと、次に進めないんです。

愛知での大学生活をいかがでしたか? 遠距離恋愛にもなっちゃったし。

最初のほうは、東京の芸大にも行けなかったし、彼とも離れちゃったし、知り合いもほぼいなかったので、泣きながら暮らすような毎日でした。

ちょっと腐っていたと?

そうですね。でも、その彼とも1年後くらいに別れてしまったんです。電話で話す相手もいなくなったので、もうどうしようもないじゃないですか。そしたら、だんだん友達も増えて来まして、楽しい大学生活になりましたね。

どんな楽しいことを?

バンドですね。ポップスバンドです。

他には?

アルバイトもやってましたね。

その先、アルバイト漬けになるのも知らずに。

はい(笑)。

ちなみに、アルバイトで稼いだお金は、なにに使っていたんですか?

服とか、ゴハンとか。…私、すごくゴハンを食べるんです。友人からはモンスターっていわれるほどで。でもフードファイターほどじゃありませんよ!

どれくらい食べるんですか? ラーメンだったら、基本は大盛り?

はい(笑)。

餃子は2人前?

1人前って、餃子何個でしたっけ?

だいたい6個ですね。

じゃあ、足りないですね(笑)。

はい(笑)。

でも私、世界で1番好きなのが、お米なんです。お米さえあれば、なにも要りません。みんなで焼肉に行って、最後の杏仁豆腐タイムになっても、お米を頼むような人間です。

ミヤビさんのもぐもぐタイムは米なんですね! 話を戻しますけど、とにかく大学生活は、めちゃくちゃ楽しんでいたと(笑)。

はい(笑)。謳歌していたと思います。

じゃあ、勘違いのイケメン君以降の恋は、どうでしたか?

まあ、それなりに…です、ハイ(笑)。

ハイ(笑)。そして楽しかった大学生活も終わりに近づいてまいりました。進路はどう考えていましたか? そもそも音楽大学の学生さんって、どういったところに就職されるんですか? 

どこかに就職するっていう人は、あまりいないんですよね。4年間、演奏を勉強しただけで、仕事につながるわけでもないし、それで演奏活動が終了するわけでもないんです。卒業したあとも、個々で活動しながら、様々なネットワークを築いていく人が多いですね。

ミヤビさんは、卒業してどうされたんですか?

私はあまり考えてなくて(笑)。当時は、ピアノで行きていこうっていう気もなかったんですね。ですから愛知に残って、バイトをしながら、バンド活動を続けていたんです。

そんな状況にご両親は? 「網走に帰って来い」とかは?

それはなかったですね。やりたいことがあるなら、今のままでいいといってくれていました。ただ、当時は本当に迷っていたんですね。バンドでポップスをやりたいと思いながらも、ピアノのコンクールを受けてみたり。自分の信念がどこにあるのかが、わからなかったんです。

そのような状況は、どれくらい続いたんですか?

2年くらいブラブラしていました(笑)。ただやはり、「これではイカン」となりまして、そのあと母校の大学院に進学したんです。

どうして「イカン」となったのですか?

大学4年間、勉強不足だったので(笑)。

はい(笑)。

単位もギリギリだったんですよ。だから、もう1回、きちんと勉強しようと思い、進学しました。

そして大学院を経て、遂に「人生ピアノでやってやる!」という気持ちになられたのですか?

…(笑)。

あ、まだですか(笑)。

はい(笑)。逆にやりきった感があったんですね。ここまで親に援助もしてもらったので、もう働こうと。それで東京に出て、小学校の非常勤音楽講師になったんです。

ああ、音楽の先生ですか!

そしたらその小学校が、本当に熱心な小学校で、先生になりたくて、なるべき人たちが集まっていて、生徒に対しても、本当に真剣に臨むような方々ばかりだったんです。それに比べ、「なんて私はダメなんだろう。今までなにをやっていたんだろう」と。そこでやっと気付いたんです。真剣にピアノをやろうと。

来ました! プロ・ピアニストへの道、スタート!

はい。同時にバイト生活のスタートです(笑)。

でもプロになるっていっても、最初はどうしたらいいんですか? どう進められたのですか?

事務所に所属しているわけでもないので、正直なんにもありません。ですから最初は、友達の紹介などで仕事をいただいていました。ちょっとした演奏でも、ギャラが少なくてもいいから、やることで繋がりをつくっていく感じでした。

それが、段々広がっていくものなんですか?

はい。でも本当にちょっとずつ、ちょっとずつです(笑)。

バイトは、どんなことをやっていたのですか?

接客が好きだったので、飲食店が多かったです。

バイト期間は、どれくらいあったんですか?

4、5年です。

その時期は、やっぱり辛かったですか? 「これじゃ大食いもできない!」って。

いえいえ(笑)。でもお米は、北海道から送られてきていたので、その部分は助かっていました(笑)。

お腹は辛くなかったと?

はい、食べ物で困ることはありませんでした(笑)。でも「この生活、いつまで続くんだろう」とは、ずっと考えていました。お金もなかったですから。

でも続ければなんとかなるという世界でもありませんよね? そこには演奏力とか、センスとかも必要になってくると思うのですが、やはりご自身でも「上手くなれば、力があれば、なんとかなる」と思っていたのですか? 自信はあったのですか?

いえいえ、本当に自信なんてまったくありませんでした。「なんとかなる」じゃなくて、「なんとかしなきゃ、でもどうすればいいのかわからない」の連続でしたから。

しかし、そのような生活もいよいよ終焉を迎えます。ブレイクのきっかけなどあったのですか? 

ブレイクなんてありませんけど(笑)、やはり、ずっとやって来たから、仕事量がどんどん増えてきたんです。同時に仕事も選べるようになった。そのときに初めて、「ああ、やっとここまで来た」って実感しました。いろんな方に助けられて、なんとか、かんとか。本当にありがたく思っています。

お疲れさまでした。ちなみに、現在おつきあいしている方はいらっしゃいますか?

いないんです、いないー(笑)。でも今はちょっといいです。やっと仕事の方が回ってきたので、まずはそこを確立しないと。またバイトになってしまいますので(笑)。

最後になりますが、加藤ミリヤさんは、「時は過ぎ 乙女大人になって 戻れない 〈うちらの時代〉は 特別に輝いてた」と歌ってらっしゃいます。今とあの頃、ミヤビさんは、どちらが輝いていますか? 5年前でもいいですよ。

5年前はないですね(笑)。やはり今です。なんといっても余裕ができていますから。「お金がないから我慢しよう」は、もうちょっと(笑)。

餃子1人前はもうちょっと。5人前はいきたいと。

ですから、フードファイターではないです(笑)。

毎日お忙しそうですね。

はい。でもまだまだゴールは先ですね。

お! それはどんなゴールですか?

ハワイに住むことですー。

理由を教えてください(笑)。

寒いのが苦手なので。

網走なのに!

いえいえ、北海道の人間って、寒がりな人が多いんですよ。

ハワイには何回も行っているのですか?

いえ、1回だけです(笑)。でもあんな楽園みたいな場所は、見たことがありません。網走とはまったく違う楽園ですから(笑)。

※「Are You Happy Now?」では、インタビューを受けて下さるアイさん、ユメさん、ナギサさん、サクラさん、マドカさん、ミドリさん、レイコさん、マキコさん、マイさん、ユイさん、ユリさん、アカネさん、ユウさん、サチさん、ユカリさん、マオさん、カナコさん、ミカコさん、エリカさん、アヤメさん、レイナさん、チサトさん、マリアさん、メイさん、アイさん、リナさん、サチさん、ナナさん、リサさん、アスカさん、サツキさん、アンナさん、ハヅキさん、マナミさん、リオさん、チカさん、シホさん、サオリさん、ミユキさん、アサミさん、ユウカさん、レイカさん、ミアコさん、ヨシエさん、ヒトミさん、マヤさん、ルナさん、エイミさん、アイカさん、カスミさん、アカリさん、モモコさん、シオリさん、ヒナコさん、ミサコさん、ミクさん、ユカさん、シオンさん、ツバサさん、リナさん、ルミさん、ミナさん、ミヅキさん、ヒカリさん、マモリさん、アイリさん、クラシさん、エンさん、ユキさん、ヨーコさん、ノリヨさん、ジュンさんを募集しています。自薦、他薦、構いません。お名前、ご年齢、性別、お住まい、ご職業、応募の動機を明記の上、こちらまでお問い合わせください。