高級なお寿司屋さんの前に、ご高齢の男性がおふたり。そのうちのおひとりは携帯で喋っていました。「てっちゃん、今日やってないの? ヤスと店の前にいるんだけど」。地元の幼馴染みかな。それともご学友さんかしら。おふたりとも中折れ帽&スーツがビシッ!のオシャレさま。そうです、イタリアン・マフィア・スタイルですね。喋り声も麻生太郎さん的だった気がする。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

千野あきこ(ちの あきこ)さん 27歳:個人事業主

千野さん、わかりにくい場所ですいませんでした!

いえいえ、こちらこそ道に迷ってしまってすいませんでした!

早速ですが、千野さんは個人事業主さん。なにをやってらっしゃるんですか?

なんだかいろんなお仕事をやらせてもらっていまして、なにがなんだかわからない感じになっています。

どれどれ、お名刺を拝見すると…〈Social Growth Hacker〉〈Writer〉〈Teacher〉〈Babysitter〉〈Promotor〉〈Balloon Artist Assistant〉〈Columnist〉〈Essayist〉と。フムフム、確かになにがなんだかわかりませんけど、たくさんですね(笑)。

はい、すいません(笑)。

では、ひとつずつ、つぶして参りましょう。〈Social Growth Hacker〉。早速わかりません。

これがメインの仕事なんですけど、ざっくりいうとソーシャルメディアの運用の仕事になります。例えば、LINEアカウントメディアっていうのがあって。

フムフム。

そのダイジェスト配信をやっているんです。それぞれのメディアさんからの記事を選び、見出しをつくったり、編集したりして、ダイジェスト版として、配信しているんです。

すごい! 通勤タイムの余暇を千野さんが支配しているんですね! ちなみに、どんなメディアさんの記事を配信しているんですか?

LINEだけではなくて、TwitterやInstagramもやっているんですけど、お客さんはHUFFPOSTさん、タイムアウト東京さん、bouncyさんなどです。

ちょっと! 俺ら仲間はずれじゃないですか!

VICEさんもいつでもやりますので、おっしゃってください(笑)。

でも各メディアさんにもカラーがありますよね。それぞれのテキストも趣を変えて投稿しているんですか?

はい。わかりやすくする場合もあれば、ちょっとArtyにしたりとか。

Arty!!!!

はい(笑)。ブランディングも兼ねているので、それぞれ考えてやっています。

でもそういうのって、どれだけ読んでくれたのか? どれだけ反響があったのかが大事ですよね?

そうですね。フォロワーを増やしたり、LINEでしたら、タップ率、回遊率とかですね。

ノルマみたいなのはあるんですか?

いえ、おかげさまで自由にやらせていただいております。

あと、投稿する時間も大事ですよね?

はい。それぞれデータ分析して、的確な時間に投稿します。お客さんがいない時間にお店を開けても意味がないじゃないですか? それと同じなんです。

じゃあ、千野さんも早起きして、みなさんの通勤時間に合わせて投稿したり?

いえ、タイマー機能で予約投稿ができますから(笑)。

ああ、そうか。じゃあ、次行きましょう。〈Writer〉の部です。ライターさん?

はい。育児コラムを書いております。

あら、千野さん、お子さんがいるんですか?

いえ、結婚はしておりますが、子供はまだおりません。ただ私、元保育士なんです。そのときから覆面ライターで書いていたんです。

あら、先生だったんですか。どちらでコラムを書いているんですか?

ウーマンエキサイトです。本名と〈ポセイドン・ヨーコ〉という名で書かせてもらっています。

ポセイドン!!

はい。覆面時代の名前なのですが、強そうなのが良かったので。海の神+オノ・ヨーコのヨーコです。

めちゃくちゃ強そうですね(笑)。じゃあ、〈Columnist〉もここでクリアにして、次は〈Essayist〉。エッセイですか?

はい。あとは、HUFFPOSTなどで〈えるあき〉の名で書いております。良かったら読んでください。

はい、読みますけど、ポセイドンじゃないんですね。残念。そして〈Teacher〉。これはやはり元保育士さんだから?

はい。でも今も週イチで幼稚園の先生をやっております。

そして〈Babysitter〉もやっちゃう?

はい。呼ばれたら行きます。

宮本さんち、今おいくつでしたっけ?

(カメラマン:宮本さん)1歳半です。

あ、行きます! いつでも呼んでください。コラムにも書いているんですけど、育児を楽しんでもらうのって、やっぱり同時に夫婦の時間を楽しむことが大事だと考えているんです。ですからデートしたほうがいいですよ、絶対。

そういえば宮本さん、デートしていないって、いってましたよね?

(カメラマン:宮本さん)はい。いつかお願いします。

ぜひ!

でもって〈Promotor〉の部です。

イベントのプロモーターです。ライブハウスなどが主催するイベントのプロモーション業務をやっております。

ホント、なんでもやっておられる。で、最後はお待ちかねの〈Balloon Artist Assistant〉です。アシスタントってところがミソですね(笑)。

それは書いてあったら面白いかなぁと(笑)。

嘘ですか!

いえ、嘘ではありません(笑)。知り合いにバルーンアーティストがいまして、そのお手伝いをしております。ウェデイングパーティーとか、企業の新製品発表会などで、シュッシュッと空気を入れたり、デコレーションしたり。

それ、何回くらいやりました?

5、6回はやりました。

なら、認めます! 

ありがとうございます(笑)。

フゥ〜、長かったですね。でも元々保育士さんですよね? どうしてこんな状況になったのですか?

うちは、実家が幼稚園なんです。世田谷区にあるんですけど。

ああ、そうなんですか!

母方の実家なんですけど、ずっと私も幼稚園の先生になって、継ぐのが当たり前だと考えていたんです。でも第1志望の大学に落ちてしまい、それであまり行きたくなかった大学に入学したんです。それがとても悔しかったんですね。生まれて初めて、「もう負けたくない」みたいな感覚を持ったんです。

それで、それで?

このまま親のいうことを聞いて、幼稚園の先生になるという状況にも疑問を持ち始めまして、「じゃあ、私はなにをやりたいのか?」と突き詰めたら、それが文章を書くことだったんですね。小さい頃からブログもやっていましたし、メディアにも興味があったんです。それでタイムアウト東京のインターンになり、親にも「先生にはならない」と宣言しました。

なるほどー。でも先生にもなったんですよね?

はい。どうしてもそっちの世界に行きたいのなら、いち度は幼稚園の先生をやってから考えろといわれたんです。やってから文句をいいなさいと。それで3年間勤めたのですが、それでもやっぱりメディアの世界で働きたかった。それで、某メディアに入ったんです。

おめでとうございます!

ただ、いわゆる会社員という生活サイクルがちょっと合わなかったみたいで、体調的にもちょっとキツくなったんですね。それで旦那も「無理しないほうがいいんじゃない?」といってくれたんで、ちょうど1年間働いて辞めました。

でもそこから〈Balloon Artist Assistant〉…じゃなくて、〈Social Growth Hacker〉なんて、簡単にはなれませんよね?

はい。どうしようかと考えていたんですけど、地元の先輩が某有名ユーチューバーで、その人のSNS作業を手伝うことになったんです。そこで、それこそTwitterの盛り上げ方とか、YouTubeの視聴数の稼ぎ方とかを覚えたら、結構楽しかったし、効果もあったんです。とはいえ、働く気も正直なかったので、ふらふらしてました(笑)。そしたら、「ちょっとあきちゃん、うちのソーシャルやらない?」みたいに声をかけてもらうようになって…今のような状況です。

頑張りましたねぇ〜!

いえ、本当に周りのみなさんに助けていただきましたし、今もいただいているんです。

ご結婚は、いつされたんですか?

25歳です。5年付き合ってからなんですけど、2年は一緒に住んで、そのあと結婚しました。

旦那さんとはどこで知り合ったんですか?

バイト先です。今はもう閉店してしまったんですけど、二子玉川に〈スージーズルーム〉というカフェがありまして、そこで知り合いました。バイトの面接に行ったら、旦那がキッチンにいまして、見た瞬間「あ、この人と結婚する」と決めました。

ビビビ婚ってヤツですね! なんでビビビったんですか?

私、鼻フェチなんですよ。

はあ。

生田斗真みたいに、目のあいだからツーンときているヤツが好きなんですけど、旦那は理想の鼻を持っていたんです。絶対この人をものにしようと決めました。それにMODS系の人で、私もジャムとかスタイル・カウンシルとかクラッシュなんかが好きだったので、気も合ったんです。

でも25歳って早いですよね?

母も早かったんですよ。23歳で結婚して、24歳で私を産んでいるので、自分ではそんなに早いとは感じていません。

生まれたのも世田谷区内なのですか?

いえ、生まれたのは三田なんですけど、結構転々としていまして、八戸や、岩手の軽米に住んでいたこともあります。

あら、東北まで。お父さんのお仕事の関係で、引越しが多かったんですか?

そうですね。父はゴルフ場主だったんです。それもあって東北にいた時期もあったんですが、経営が傾き、離婚して、母は私を連れて実家に戻りました。

それは千野さんがおいくつくらいのときですか?

2、3歳ですね。それで母は大学に通い直し、幼稚園の先生の免許を取り、実家を継ぐことになったんです。その後、私が小1のときに母は再婚しました。

じゃあ、お父さんのお顔も覚えていない?

はい。一切会っていなかったので。ただ去年、25年ぶりに再会したんですよ。

おおー、ドラマですか? ドラマチック??

まぁ(笑)。やはりずっと父には会いたかったんですね。小さいときも誕生日とか、クリスマスとか、なんかしら父からのプレゼントとか手紙とかを期待していた自分がいたんです。でもそれもなかったし、色々と事情があるんだろうとは考えていました。でも自分の名前が出たら、どこかで見てくれて、会えるんじゃないかという期待もあったんです。それもあってメディアで仕事したいという想いもありました。

はい、はい。

ただ、某メディアの退社が決まって、「やばい、もうメディアを活用できない」と思い、急いで探し始めたんです。半年くらいかかると踏んでいたんですけど…

けど…?

3日で見つかりました(笑)。すごいですね、Googleって。

ググったら一発? もっと早くやればよかったですね(笑)。

はい(笑)。中国の大連にいました。その後、連絡先も手に入れて、会いにいったんです。

お父さん、どうでした?

母は身長も高くて、直毛なんですが、私は盛って158センチですし、天パなんです。鼻もブサイクだし。

鼻フェチなのにねぇ。

でも父を見たら納得しました。「オマエのせいか!」って(笑)。

(笑)。でも初めて会うようなものですよね? ご対面はどうでしたか?

最初は、お互いぎこちなかったですね。たどたどしい会話で。「元気だった?」「う…うん」みたいな。でも3日目くらいになって、やっと今までいいたかったことを全部伝えられました。ずっと会いたかったこと。連絡を待っていたこと。でも責めているわけじゃないことも。

はい。

あと私、ずっとお父さんとゴルフをするのが夢だったんです。

ああ、お父さん、ゴルフ場主でしたものね。

そうなんですけど、継父もゴルフの人で。ですから私も幼い頃から中学までずっとゴルフをやっていたんです。それもあって、せっかくだから父と回りたかったんです。

中国でお父さんと回ったんですか?

はい。最後18ホールでは、ふたりで号泣みたいな。

いいお話じゃないですか! 

いえいえ、アハハ!! すいません、恥ずかしいもんですね。でも会えて本当に良かったです。

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