コンビニで、タンメンを温めてもらっていました。なんとなく、「言うような気がする〜、言うような気がする〜」って思っていたら、本当に言われました。「お待たせしました、タンタン麺をお待ちのお客様〜」確かに、タンタンの方がリズムとかバランスとかビートがいいですよね。可愛い店員さんでした。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

サミエル(さみえる)さん (37歳): ミュージシャン  

サミエルさん、本日は、よろしくお願いします。

はい、よろしくお願いします。

サミエルさん、お国はどちらですか?

米国です。ボストン生まれのメイン州育ちです。

本名は〈サミエル〉さんじゃないんですよね?

はい。本当は、サミュエル・ジョンソン・リリーです。サミエルは芸名です。

コーネリアスとか、ハリウッドザコシショウ​みたいな感じですか?

そう、それですね。はい(笑)。

芸名ということは、芸をやられていると。どんなご活動を?

ミュージシャンです。自作の楽器で演奏しています。オリジナルサウンドを出すために、変な楽器をいっぱいつくりましたよ。今は、〈割り箸ピアノ〉を中心にやっています。

んん? 割り箸のピアノですか?

はい、これ。これです。

スゲー! 割り箸とは思えない繊細な音!

(カメラマン:宮本さん)ここは、お台場?

はい。レインボーブリッジの下。前は、お琴のような楽器をつくっていたんですけど、弦を増やすと手で弾けなくなってしまうんです。だから、鍵盤があったほうがいいなと思って。割り箸だったら、簡単にたくさん手に入りますし。それに、プラスチックのように固くないし、柔らかい音がすると思ったんですね。

思い描いていた音は、1発で出ました?

はい。考えていた以上に様々な音がしました。「やった!」と思いましたよ(笑)。

その割り箸は、どこで手に入れたのですか?

100均と引き出しのなかにあったヤツ(笑)。

お気に入りの割り箸メーカーとかあるんですか?

別にないですけど、セブンイレブンのはいいですね。竹でできていて、割りやすいのに、とても丈夫です(笑)。

なるほどー。たしかローソンのヤツは、割らなくていいヤツですよね。で、ここに弦を張っているんですか?

はい。最初につくった割り箸ピアノは24弦でしたが、2代目からは29弦になりました。

今、使っている割り箸ピアノは何代目?

動画の割り箸ピアノは4代目なんですけど、現在使っているのは6代目です。でも6代目は割り箸ではなくて、耳掻きですよ(笑)。

え? 耳掻き??

はい。耳掻きって、先っぽになんか付いているでしょ。

あー、フワフワ?

あー、それじゃなくて(笑)、私のは、丸い木のボールみたいなのが付いています。それをハンマー代わりにしちゃった。クリップとかワイヤーもいいと思いましたが、耳掻きを使ってみたら、音が良かったし、叩きやすかったんです。そういえば、先っぽがボールじゃなくて、カニの耳掻きも持っていますよ。木のカニ。北海道のお土産ですね(笑)。

いいですね(笑)。じゃあ、お家のなかは、お手製の楽器だらけなんですか?

ひとり暮らしのときは、そうでしたけど、今は結婚しているので、家にはあまり置けません。現在は、門前仲町にある工房に置かせてもらっています。

ああ、ご結婚してらっしゃるんですね。奥様は日本人ですか?

はい。

じゃあ、旦那さん、稼がないと。

そうなんですよ(笑)。

音楽の他にお仕事はされているんですか?

いいえ、基本は音楽だけ。奥さんの収入もありますけど、これで家賃も払っています。安定した仕事ではないですからね。あまり稼げない月もあります。冬が大変なんですよ。

なぜ冬は大変なんですか?

イベントが少ないし、みんな外に出たがらない。

じゃあ、ライブやイベントの出演料が収入になると?

そうです。あとは路上パフォーマンスですね。その場でCDも売れますから。

どこでやっているんですか?

代々木公園とか、毎週土日にやっている青山のファーマーズマーケットでもよく演奏しています。

ちなみに、日本で確定申告もしているんですか?

はい、もちろん。自営業ですから。2年前までは、アーティストビザを取っていたんですけど、今は結婚していますからね。

ミュージシャン活動は順調ですか?

まぁ、なんとかですね(笑)。でも、たまに家族の仕事も手伝っているんですよ。

奥様の?

そうです。

なにをやられているんですか?

奥さんのお母さんが居酒屋をやっているんです。奥さんもそこで働いています。私もたまに手伝いますし、あとは、お祭りのたこ焼きとか焼そばとか。

え? お祭りですか?

そうそう。目黒、五反田、泉岳寺、白金高輪とかのお祭り。

屋台ですか?

そうですよ、屋台を出しているんですよ。

サミエルさんが焼くの?

結構、上手だといわれました。この前は川崎でやりました。すごく暑かった。汗でビショビショになった。飛んじゃうよ。水飲んでもおしっこ出ない。あれは、岩盤浴より暑いですよ(笑)。

うまいこというなぁ! それにしてもサミエルさん、本当に日本語もお上手ですよね。来日してどれくらいですか?

25歳のときに来たので、もう12年になりますね。

どうして来日しようと?

大学院時代に出会った日本人の友達が大きかったですね。彼に影響を受けました。それと日本の言葉が面白かった。日本の言葉をもうちょっと覚えたいと思ったんです。日本の文字が好き。本当に面白い。

好きな文字を教えてください。まずは平仮名から。

えっと、〈か〉と〈え〉。

じゃあ、片仮名は?

〈ロ〉ですね(笑)。

そっちはシンプルですね(笑)。来日当時も、音楽活動はされていたんですか?

はい。

でも音楽だけでゴハンは食べられませんよね? 更に来日したばっかりだし。

ですから、ピアノ教室と英会話学校で働いていたんです。

ああ、もともとピアノをされていたんですね。

はい。米国では音楽系の大学に通っていましたから。

じゃあ、働きながら音楽活動を。

そうですね。あと、中高の女子校でも英語と音楽を教えていましたよ。

女子校!? 最高じゃないですか!!

いやいや、楽しくなかった(笑)。

なんで? ギャルに苛められた?

生徒さんじゃなくて、ルールが厳しかったんですよ。音楽の授業では、教えなくてはいけないことがすごく多かった。決まり通りにしなきゃいけなかったから、なにもできなかった。だから2年間で辞めました。

どのタイミングで、音楽を本業にされたんですか?

だんだん仕事が減って、バイトも週に2、3回くらいになったんです。だから暇になったので、たくさん曲作りができた。そのまま楽器をつくりはじめて、高円寺で路上演奏をやったんです。そしたら意外にもCDが売れまして。「これもアリかな?」と。それが6年くらい前。

すでにCDを出していたんですか?

そうです。前につくっていたエレクトロニカのCDです。

でもお客さんは、割り箸ピアノを見て、CDを買ったんですよね。でも帰って聴いたら、中身はエレクトロニカ(笑)。

そうそう、だからすぐに新しいCDをつくりました(笑)。

サミエルさんが生まれ育ったメイン州は、どんなところなのですか?

すごく、すごく寒いところですよ。メイン州の右上、カナダに近いポートランドという町の近く。ボストンまで車で2時間くらいのところです。寒いので海がキレイだけど、1年中冷たい。泳げるけど、すぐに身体が冷える海です(笑)。

ずっと、その町ですか?

7歳から18歳。高校を卒業するまでですね。

小さい頃は、どんなことをして遊んでいましたか?

自然で遊ぶのが好きでした。森のなかに、ツリーハウスとか、デカいブランコをつくったり。あとはビーチで釣り。カニを探していましたね(笑)。

またカニ(笑)。

あとは、家にピアノがあったので、やりたくなって始めました。6歳からレッスンを受けて。

クラシックピアノですか?

そうですね。でも僕は、あんまりクラシックは好きじゃなかった。ピアノを弾くこと自体が好きだったんです。まぁ、高校くらいになってからは、ドビュッシーとかサティとかが好きになりましたけど、もうちょっと現代的なのが好きでしたね。その後はジャズ。即興音楽とかやるようになりましたね。

ちなみに小学校は何年生まであるんですか?

小学校は5年まで、中学校が3年、高校が4年です。

中学生くらいになると、ガールフレンドができたり?

いえいえ。すごくダサかったから、全然モテませんでしたよ。アハハ!!

アハハ!!

15歳くらいのとき、ちょっとだけ彼女がいたときもあったけど、キスするくらいで、すぐ別れちゃった。アハハ!!

あらー、どうしてかしら? 

お喋りが苦手なんですよ。好きな子ができても、一歩前に出ない感じ。キャッチできない感じですよ。

ピアノでポロロ〜ンすればいいのに。じゃあプロムとかは、どうしたんですか?

行きませんでしたよ(笑)。楽しいと思わないもん。

思わないもん(笑)。あれって、どれくらいの人が行くものなんですか?

半分以上の人は行ってますけど、半分弱の人は行きません(笑)。

やっぱり、音楽家とか芸術家は、あんなの行かなくていいと?

そうですねぇ(笑)。まぁ、プロムに行くのは、普通の人がすることですね。そう考えると、私は普通ではありませんでしたね(笑)。若い頃から、変人だと思われていたと思います。

なぜですか?

変な行動をしていましたから。

例えばどんな?

うーん…そうですね、11歳のときにすごい吹雪があって、いっぱい積もって。1mくらいかな。みんなはウッドデッキから飛ぶんだけど、僕は屋根から飛んで骨折するとか。「お前は変だ」って。

かわいい変人(笑)。でも大学に行ったら、周りにたくさんの変人がいたんじゃないですか?

そうでもありませんでしたよ。ボストンの音楽系大学に入学したんですけど、皆パーティが好きで。僕は練習がしたくて、ピアノ室にこもっていても、「パーティ行こうよ! パーティ行こうよ!」って誘われるんですよ。意外に皆パーティ好きだなと。

どんなパーティですか?

ホームパーティです。近くに住んでいる人のアパートとか、一軒家を借りる人もいましたね。若かったから、お酒も弱かったし、限界もわからなかったので、私はいつも吐いていました(笑)。アート系とか音楽系大学のパーティは楽しかったんですけど…

楽しかったんですけど…(笑)?

ノースイースタン大学のパーティはちょっと(笑)。女の子は皆同じ格好で、同じ髪型。男もそう。皆、同じ髪型と服装。

プロム野郎ですね!!

脳みそが肉だけですよ。アハハ!

アハハ!! モテなかった時代とはサヨナラしました?

そうですね。大学3年から可愛い子とつきあいました。その子は別の大学だったので、休みのときだけ会って。

遠距離恋愛ですか?

そうですね。結局、彼女とは5年くらいつきあいましたね。

大学卒業後は、どうされたんですか? 大学院でしたっけ?

はい。私は早く試験を受けて、単位が取れていたので、3年で大学を卒業しました。それから地元に戻って、2年くらいホテルでピアノを演奏したり、ピアノを教えたりするバイトをしていたんですけど、そのあとにスコットランドのエディンバラにある大学院に入学しました。

あら、またどうしてエディンバラ?

彼女がエディンバラの大学にいたんです。

おおー。では遠距離ではなくなったと。よかったじゃないですか。

まぁ、色々ありましたけどね(笑)。エディンバラは楽しかったですよ。キレイだし、いい町でした。

でも彼女と別れちゃった?

はい。そのあと、1年間彼女とニューヨークで暮らしたのですが、そこで別れました。「このままだと結婚じゃない? 私はまだ若いし、色んな人とつきあってみたい」っていわれました(笑)。

やっぱりショックでした?

まあ(笑)。多分苦しかったと思うけど、今はあんまり覚えてないですね(笑)。そのあとに日本に来ました。