それぞれの刺青に込められた物語
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編集者デーモンへのインタビュー
—染色液をどうやって手に入れるのですか?焦がしたゴムを尿と混ぜたものを染色に使っていたようです。衛生的なことを考えれば本人の尿を使うのが一番ですね。刺青は当局から禁止されているため地下に潜ってしまいがちで非衛生的になります。一番の危険はリンパ線が炎症を起こした場合です。発熱や寒気が起きることもあります。—危険なのに、彼らはなぜ刺青を入れるのでしょう?ブロニコフのインタビューに答えた囚人によれば、ほとんどの囚人は最初の犯罪を犯してすぐに刺青を入れるそうです。投獄され覚悟が固まると刺青の数は増えていきます。軽い犯罪を犯した囚人が入る刑務所では、65~70%の囚人が刺青を入れていますが、刑罰が重くなるにつれその割合は上がり、中堅の刑務所だと80%、最も重い刑務所だと95~98%になります。慣習的に犯罪集団は刺青が入れていることが多いです。それが組織に入る掟だったりもするそうです。ただリーダーは鎖骨のあたりに7~8個が平均で、あまり多くの刺青を入れないようです。政治犯も刺青を入れない場合が多いですね。
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—囚人のこうした刺青について、個人的な思いはありますか?うーん、単純にすごいなって。どんな彫り師を探してもあんなユニークではっきりとした象形を作れる人は少ないでしょう。それぞれのイメージがしっかりとした意味を持っているんです。刺青を入れる行為自体も当人の生死を賭けて行われていますし。新たな囚人が監房に入ると「刺青を入れる準備は出来てる?」と聞かれるらしいです。答えられなかったり、他の囚人が「間違った刺青」を入れてると判断すれば、ガラスやがれきの破片を渡されて取り除くように命じられる。あるいは集団暴行を受けるかレイプされるか、殺されることもあるらしいですよ。刺青を入れることは囚人の社会で最も尊く、恐れられることなんです。個人的な行為というより、慣例的な法律を超えた社会での”掟”みたいなものです。個人的なものではないんです。
ーたくさんの刺青を見てきたと思いますが、何が一番多いですか?共通するテーマやイメージはいくつかあります。一番多いのは宗教的なものです。聖母マリアと子ども、ロシア正教会、十字架とか。ただソビエトの刑務所には「ゾーン」と呼ばれる独特の体系があって、宗教的な図像でも信仰とは関係のなくアウトローの象徴として刺青を入れることがあります。そういう人は刑務所で痛い目に遭うんですけどね。聖母マリアとイエスのシンボルは様々な意味が込められているので。やはり最も多いです。所属している犯罪集団への忠誠の証だったり、聖母マリアは悪を寄せ付けないという信仰があったり。ゾーンでは、教会や修道院が窃盗のサインになっています。教会の尖塔の数が犯罪の数を示していて、盗人の階級を示す十字架は身体で最も大事な部分である胸に刻まれることになっています。盗みの伝統に対する献身と裏切りによって身体が汚されていないことを示すためです。仲間の盗人の前で「純潔」を誓うのです。—この写真集を作ったのはなぜですか?そもそも、この写真は何の目的で撮られたものなのですか?ブロニコフ氏のコレクションが面白かったからですね。ただそれだけです。写真は元々、警官が囚人の刺青の意味を理解するのと、囚人を識別するために記録していたものです。かなり実用的な目的のために撮っていたのです。彼は芸術家ではないので囚人の世界観をまっすぐに映しています。無意識でしょうが写真家の人間性が排除されて、しっかり犯罪者の特徴を捉えていると思います。攻撃性や脆さや憂鬱さ、あるいは自尊心の高さ。刺青だけではありません。身体に刻まれた傷や欠けてる指など、公には語れないようなものを彼らの身体が物語っているのだと思います。