バンデージを巻いただけの拳が顔を打つ。グローブを付けて殴ったときのような乾いた音はしない。「ゴッ、ゴツン」。固い拳が骨を削る鈍い音が響く。2、3発も拳を交わすうちにファイターの顔はすぐさま朱に染まる。やがて鋭いパンチが突き刺さり、一方の鼻から鮮血が吹き出し、崩れ落ちた。

〈地上最も過激な格闘技〉の世界へようこそ。これは『ファイトクラブ』でもなければ『グラップラー刃牙』のハナシでもない。2018年2月21日、東京後楽園ホールで行われていた格闘技の試合である。その名はLethwei〈ラウェイ〉。

〈地上最も過激な格闘技〉と呼ばれる所以はそのルールにある。頭突きも意図せぬ金的も認められているのだ。試合の様子はムエタイと似ており、寝技はなく、立ち技がメインだ。ただし、ムエタイと大きく異なるのはグローブを着用せずバンデージを巻いただけであること。ある選手はこう証言する。「グローブじゃないんで、指が目や口に入ることもある。目突きを狙うのはダメだけど、試合中に〈入っちゃう〉のは仕方ない。僕もしょっちゅう入れられてます」。実際に眼球破裂で失明した選手もいる。要するに打撃であればなんでもアリと言っていい。

レフェリーによる判定はなく、勝負はKOか引き分けのみ。またダウン時のカウントはボクシングの倍の20秒、多少のダウンでは試合は終わらない。さらに選手は2分間の〈タイム〉取得が認められており、劣勢の場合や失神した場合でも〈タイム〉で復活することもある。

多くの格闘技経験者は語る。「ラウェイだけはイヤだ」と。むき出しに近い拳のラッシュ、時折放り込まれる頭突き、さらには死角から襲ってくる鋭い肘と膝。出血や骨折は日常茶飯事だ。リングサイドは砂かぶりならぬ〈血かぶり〉だ。ラウェイを観ていて思う。普段私達が目にする格闘技は、多くのルールに「守られている」と。

過激さばかりが注目されるが、ラウェイは1000年以上の歴史を持ち、そのルーツはミャンマーにある。現地では国技として人気で、10歳に満たないファイターもいる。ILFJ(International Lethwei Federation Japan)の中村祥之氏はラウェイについて「格闘技というより、日本の相撲に近く、神事としての要素が強いんです」と語る。

会場では宗教的な要素をいたるところで目にする。試合前にはリングに設置された祭壇に祈りと踊りを捧げ、試合中もミャンマーの伝統的な楽器が演奏されている。試合後、勝者に授与される旗を膝でへし折る儀式も、戦争で相手の領地を攻め落とし、旗を奪った名残りだ。

なんでもアリのようにも思えるラウェイだが、神事だからこそ、たったひとつ〈犯してはならないルール〉がある。それが相手を罵ることだ。「殺す」や“Fuck You”など攻撃的な言葉を発した時点で出場資格自体が剥奪されてしまう。

中村氏によるとラウェイ〈Lethwei〉とは「太陽」を意味する「ラ」と「道」を意味する「ウェイ」が語源であり、宗教行事として始まったものだという。中村氏はこう続ける。「ミャンマーには135の民族がいると言われています。頻発する部族同士の対立を解決し、領地や王を守るためにファイターを出して戦わせたのが始まりだと言われています」

1000年以上の歴史を持つラウェイが日本に本格的に上陸したのは2016年と歴史は浅い。現在、ラウェイを専門とする日本人ファイターは、数えるほどしかいない。ILFJの村田知隆氏はその理由を「日本人選手でラウェイに参戦希望をしてくれる選手はまだまだ少ないです。怪我のリスクはもちろんあります。でも、参加した選手は『また出たい』と言ってくれます。観戦する側からしたら、これほどわかりやすい格闘技はないと思います」と明かす。

今のところ、日本人選手よりもミャンマー選手の活躍が目立っている。ミャンマー人からすれば国技で負けるわけにはいかない。ただし、彼らが意気込むのはそれだけが要因ではない。出場すればファイトマネーが数十万円、KOすれば100万円以上と言われていることも一因だ。ミャンマー人の平均的月収が約1万5000円であることからすれば、相当な大金だ。誇りだけではなく生活そのものが懸かっている。必死になるのも頷ける話だ。

確かにラウェイは「倒すか、倒されるか」のシンプルな勝負。言葉を選ばず言えば「壮絶なケンカ」を観ているようだ。拳が肉を打つ音や飛び散る血を前に、思わず目を覆いたくなる瞬間もある。それでも抗えず「魅入って」しまう。もしかしたら、現代人が忘れ去ってしまった闘争本能が刺激されるからかもしれない。

試合後、控え室から出てきた選手とすれ違った。顔中血だらけで片目はどす黒く腫れ上がりほとんど開いていない。おそるおそる「すごい顔っすね」と声を掛ける。「いやー、やられたやられた!次頑張るわ!」。グシャグシャの顔をクシャクシャにして豪快に笑う。

原始的で宗教的なラウェイ、その魅力に惹きつけられてしまった。