肘・膝・頭突きあり、意図しない金的あり、そのうえグローブも着用しない世界一過激な格闘技〈ラウェイ〉。その過酷さゆえ、現在、日本人ファイターは数えるほどしかいない。彼らは何を思ってラウェイに身を投じるのか。そのひとりを追った。

2018年2月21日、ラウェイファイター渡慶次幸平は後楽園ホールにいた2月21日の「ラウェイ in ジャパン 7 勇気〜YUKI〜」の大会後半戦は、3対3の「日本対ミャンマーラウェイ3本勝負」と銘打たれていた。後楽園ホールは、ほぼ満員の客入りだ。

静かに息をひとつ吐き出し、「おーし…」と呟いて控室を出る。選手通路は試合会場の1フロア下だ。1600人の観客の声援が遠くに聞こえる。入場ゲートへとつながる階段、小さな踊り場が最後の調整スペースだ。年季の入った白色蛍光灯があたりをぼんやりと照らす。リングの眩いライトとは対照的だ。かつて、この場所で多くのファイターたちが不安や孤独と向き合ったのだろう。懼れを振り払うかのように「シュッ シュッ」と拳を突き出す体に汗が滲む。

「〈仕事〉に行ってきます、って感じかな」。試合直前にもかかわらず、渡慶次は飄々と答えた。

渡慶次は、ラウェイを始める前は総合格闘技の選手だった。沖縄県南城市に生まれた渡慶次は「何か大きなことをするなら東京に行くしかない」と意気込み、地元高校を卒業後、格闘家を志して上京した。手にしていたのは現金3万円のみ。「なんとかなるだろう」。そんな思いで意気揚々と東京に乗り込んだが、そう甘くはなかった。アルバイトをしようにも住所不定では働き口が見つからず、生活資金は1週間で底をついた。「沖縄出身者で格闘技のコーチしている人が目黒にいるらしい」との噂だけを頼りに、目黒駅でホームレス生活を送りながら張り込んだ。「ネットカフェにも行けないからトイレで夜を明かすんです。よく使ったのが目黒駅のアトレ出口のトイレで。暖かいんですよ」

張り込みをはじめて1カ月、なんとかコーチを発見し、その家に転がり込み、アルバイト生活が始まった。貯めたカネで総合格闘技のジムに通い、大会に参加し始めたものの、思うような戦績を残すことはできなかった。ラウェイに転向したのは、総合格闘技の試合で負けた次の日だった。ジムの会長からラウェイへの出場を打診されたのだ。

「〈度胸試し〉ですね」。ラウェイに身を投じた理由について、渡慶次は即答する。

「ポイントとか判定とかがないんです。ラウンドごとのポイントの駆け引きもない。誰でもわかるくらいシンプル。倒すか倒されるか」と彼はラウェイの魅力を説明する。「頭突きもあるってヤバいでしょ。それにバンデージを巻いているだけだから一発一発が致命傷。ラウェイの打撃って脳が揺れる〈効く〉パンチじゃなくて、裂傷になる〈痛え〉パンチ。石が思いっきり顔面に飛んでくるのと似てる。ね? 嫌でしょ?」。ニヤリと笑う顔は傷だらけだ。

昨年12月の現地ミャンマーの試合では、失神するほどのダウンも喫した。それでも「やっぱりラウェイは楽しい。相手に頭突きがグチャって入ったときはやっぱり気持ちいい」という。

渡慶次は現在29歳、格闘家としては中堅に差し掛かっている。18歳から始めた総合格闘技に見切りをつけ、ラウェイに転向したのは2017年のことだ。渡慶次の試合数は4戦、戦績は2敗2引き分け。まだラウェイだけで食えるようにはなっていない。昼間はセブンイレブンの責任者として、1日1300人が訪れる郊外店を切り盛りしている。

10年来の付き合いでセコンドを務める小笠原裕典は渡慶次の戦いぶりをこう評する。「試合の顔とレジの中の顔がホント同じなんですよね。渡慶次さんは闘志むき出しのファイターっていうより淡々としたファイターだと思います」

この日の渡慶次の対戦相手は19歳のミャンマー人Min Htet Aung(ミン・テット・アウン)、〈ヤングウルフ〉と呼ばれ、15歳からラウェイファイターとして活躍、デビューしてからは20戦以上を経験する実力者である。「私の武器はキック。渡慶次も強いが、ラウェイは私にとって誇りそのもの。負けるわけにはいかない」と意気込む。

後楽園ホールに『しゃぼん玉』が流れると、選手入場口の扉が開いた。〈WARU〉Tシャツを身にまとった渡慶次をド派手なカクテル光線が照らす。彼のキャッチフレーズは〈暴走タコライス〉。普段の物静かな渡慶次を知る身としては少し不釣り合いな印象を受ける。

第1ラウンドは静かな立ち上がりだった。若さに任せて蹴りを炸裂させていくアウンを、渡慶次は着実にいなしていく。アウンのパンチや飛び膝蹴りがヒットしそうになるが、どれも決定打にはいたらないが、一発でも当たれば致命的だ。〈暴走タコライス〉らしからぬ戦いに、壮絶な殴り合いを期待していた観客から「安全オムライスか!」と野次とも声援ともつかない謎の怒号が飛ぶ。しかし、渡慶次は〈仕事〉をこなしている。感情に任せて暴走するのではなく、淡々と、仕留める機会を狙っているのだ。

2R、形成が逆転した。渡慶次は攻勢に転じ、ローキックでひたすら両足を攻める。アウンも「かかってこい!」と両手を掲げて渡慶次を挑発する。互いに譲らぬ蹴り合いだ。〈バチンッ〉と肉が爆ぜる音が会場に響き渡る。

ラスト13秒、勝敗を決する刹那が訪れた。渡慶次のハイキックが突き刺さる。「ハヤー!!!」と会場からミャンマー語の煽りが飛び交う。悶絶するアウンにパンチのラッシュ。アウンはたまらずキャンバスに倒れ込む。慌ててタイムを入れたが、足の負傷で試合続行を拒否するアウンは首を横に振り続ける。ゴングが鳴り響く。渡慶次の初勝利の瞬間だ。

「そりゃ1勝できたのは嬉しいよ。でもなんか実感はないね」。試合後、渡慶次は淡々としていた。喜びを爆発させることもなければ、仲間と抱き合うこともない。「負けた時の方が感情は半端ないよ。絶望するし悔しいし。勝利ってなんかあっけないんだよね」と静かにバンデージほどき、顔のワセリンを拭った。

仕事だね。今まで準備して、今日はプレゼンして商談をまとめたって感じ。今日の試合は顔がキレイだからダメージも少ない。3月も〈仕事〉もらえないかな」

沖縄の小さな町からやってきた男は今や結婚し、2児の父になった。「もう29歳なんで。このままラウェイと一緒に大きくなれれば、いい人生だったと思います。今はただただ、楽しくて。もう試合で失明してもいいと思っているんです。それくらいラウェイに懸けてるから」

生粋のラウェイファイター渡慶次幸平は今日も淡々と〈仕事〉をこなす。