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リオ五輪男子100メートル  日本人トリオはどう走るのか

遂に開幕したリオ・デ・ジャネイロ・オリンピック。その中でも注目を集めているのが陸上男子100メートル競走。果たして日本人初の9秒台は出るのか?84年ぶりの日本人決勝進出はなるのか?

遂に開幕したリオ・デ・ジャネイロ・オリンピック(リオ五輪)。「ブラジルの人、聞こえますかー!」(サバンナ八木)通り、日本との時差はピッタリ真逆の12時間。掃除、洗濯で忙しいママさんたちも手を休めて、胸の中の日の丸を振っているに違いない。昨年の骨折を乗り越えた荻野選手も、ポケモンGOで50万円を請求された内村選手も金メダルをゲットした。テレ東のメインキャスターが小泉孝太郎ってのも、前回ロンドンの佐藤隆太に続いてとてもいいと思う。でもフジテレビは野村忠宏と高橋大輔と小谷実可子だった。らしくないんだけど、それもちょっと気に障るのが今の8チャンネル。まぁ、なんだかんだいってオリンピックは楽しいものだ。

そんな今回のオリンピック、注目競技は多々あるが、その中のひとつに陸上競技・男子100メートル競走があげられる。もちろん優勝候補筆頭は、9秒58の世界記録保持者で、リオに入ってからは自腹でテレビを購入したウサイン・ボルト(ジャマイカ)。怪我の状態も心配されているが、「目標は200メートルの世界記録更新」と相変わらず頼もしい。「リオが最後のオリンピックになる」とも表明しており、前人未到の100、200メートル三連覇に向けて、きっちり仕上げてくるだろう。だが、我が国内において、ボルト以上に注目されているのが日本人選手の動向だ。出場選手は以下の3人。

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桐生 祥秀(きりゅう よしひで)東洋大学 20歳
ケンブリッジ 飛鳥 アントニオ(けんぶりっじ あすか あんとにお)ドーム 23歳
山縣 亮太(やまがた りょうた)セイコーホールディングス 24歳

ちなみにリオ五輪100メートルの代表選考条件は、以下の選考大会と設定記録で、男女ともに下記のように決められていた。

選考大会
・日本選手権2016
・2016日本グランプリシリーズ(神戸・広島・和歌山・静岡)
・セイコーゴールデングランプリ陸上2016

派遣設定記録:10秒01…日本陸上連盟が設定。
参加標準記録:10秒16…国際陸上連盟が設定。

① 派遣設定記録をクリアし、日本選手権で8位以内かつ最上位の選手
② 参加標準記録をクリアし、日本選手権で優勝した選手
③ 派遣設定記録をクリアし日本選手権で8位以内に入った最上位以外の選手、参加標準記録をクリアし日本選手権で2、3位になった選手、そして参加標準記録をクリアし、日本選手権以外の選考レースで日本人1位かつ日本選手権にも出場した選手から選考
④ 参加標準記録をクリアし、強化委員会が推薦する選手から選考

桐生は①でクリア。ケンブリッジは②、そして山縣は③で代表決定。男子100メートルに日本人3人がエントリーされるのは、2004年のアテネ大会以来である。そして、なぜ今回の日本人選手は、これまでのオリンピック以上に注目されているのか、そのポイントは二つ。

・日本人初の9秒台は出るのか?
・第10回ロサンゼルス大会(1932年)の吉岡隆徳以来、日本人決勝進出選手は生まれるのか?

実はこのふたつ、ワンセットになる可能性が高い。2015年、世界陸上での決勝進出ラインは9秒99。前回ロンドン五輪だと10秒02。要するに準決勝で9秒台を出せば、決勝に進出する可能性が高くなるのだ。実際2000年代に入ってから、日本人男子100メートルのレベルは上がっており、歴代記録10傑では、2000年代以降に生まれた9記録がランクイン。さらに2010年以降に絞ると、半分の5記録がベスト10に入っており、その最前線にいる桐生、ケンブリッジ、山縣の3人は、確実に9秒台という世界に近づいている。日本人初の9秒台は、間違いなくもうすぐ生まれるのだ。ただ、それが「リオ五輪で」となると、正直首をひねらざるを得ない。世界歴代10傑と日本歴代10傑を比べると、その答えが自ずと見えて来る。

黄色の部分に注目して欲しい。これは、それぞれがその記録を出したレースの成績である。世界10傑の方は、12人中10人が決勝1位。すなわちその大会で優勝し、そのタイムも自己ベストなのだ。また、その記録を出した大会も、すべて国際大会や国内の主要大会で、その中にはオリンピックも世界選手権も含まれている。要するに大舞台で自身のベストタイムを叩き出し、世界ランクの上位に入っているのだ。

一方の日本歴代10傑。完全にバラバラ。「決勝で1位=優勝=自己ベスト」の選手は、5位の山縣と10位の川畑のみ。ただ、この2大会も海外の格上選手とのレースではない。「決勝で自己ベスト」のパターンに広げると、朝原、末續、高瀬と、経験豊富な3人が挙がる。ここでの3人のタイムは、国際大会や海外選手とのレースであり、その中で自己ベストを出したのは高く評価できる。だが、それ以外の5人は、予選・準決勝で自己ベスト記録を出している状況で、それもほとんどが国内大会。日本記録が生まれた伊東浩司のアジア大会ですら、当時のアジアレベルを考えると困難なレースではなかった。実際に10秒00の日本記録を出した準決勝も、伊東は中盤から完全に独走し、最後は流してゴール。流さなければ、確実に9秒台は出ていたであろう。

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伊東は、このアジア大会で、圧倒的な差をつけて優勝したが、決勝では準決勝のタイム、すなわち日本記録には届かなかった。もちろん風向きなども影響されるが、伊東はその後の国際大会においても、自身の記録に迫れていない。このような状況から、日本人選手の傾向が窺える。

・楽なレースなら自分の走りができる。
・格上選手とのレースだと自分の走りがぶれる。
・格上選手に引っ張っられてタイムを伸ばせない。

現在日本歴代2位の記録を持ち、9秒台に最も近いといわれている桐生にしても、これは大きく当てはまる。10秒01という好記録を二度出したのは、もちろん桐生ひとりだが、やはりその記録を生み出したのも国内大会の予選と準決勝。特に二度目の10秒01は、日本学生個人選手権という桐生にとっては超リラックスできる大会の準決勝。そして、風向きも関係しているが、今大会の決勝でもやはり桐生はタイムを10秒10に落としている。

さらに、そんな傾向を象徴するレースが、今年5月、川崎で開催された「セイコーゴールデングランプリ」。ケンブリッジは不出場だったが、桐生、山縣、そして17歳の新星サニブラウン・アブデルハキーム(城西大附属城西高校)、さらには世界歴代5位の記録を持つジャスティン・ガトリン(アメリカ)がエントリー。ここでも桐生、山縣に9秒台の期待が膨らみ、2万人を越える観客が集まったが、結果は散々だった。

ガトリンの優勝タイムも10秒02で、9秒台に届かなかったが、それ以上に桐生のレース内容が悪い。スタートで出遅れ、ガトリンとの差が広がったせいでリズムが崩れ、完全に力んで4位。そして山縣も、ガトリンを意識して後半力が入っていたが、素早くトップスピードに到達し、後半までキープする本来の走りで2位。ただやはりもっと良いタイムが欲しかった。

オリンピックに出場する桐生、山縣、ケンブリッジをもう少し深堀してみたい。彼らのセカンド&サードベストを見てみよう。

桐生の自己2番目・3番目タイムも、すべて国内大会で生まれている。そして、これらのレースに格上海外選手は参加していない。一方、ここで注目したいのは、山縣のセカンドベスト10秒07。この記録は、ロンドンオリンピックの予選で出した当時の自己ベストであり、日本人選手における100メートルのオリンピック記録に値する。大舞台でもぶれずに自分の走りが出来たのだ。さらに山縣は、今年の6月に行われた「布施スプリント」で10秒06の自己ベストを出して優勝しているが、そのときの2位こそが桐生。タイム的には格上の桐生に勝ちながら、同時に自己ベストで優勝するという世界10傑パターンを実現。逆に桐生は、日本人の山縣も意識してしまい、勝つことすら出来ない。「本来の走りが出来れば…」と枕詞のように繰り返される桐生だが、それがまったくできていない。そしてケンブリッジ。まだまだキャリアが少ないのだが、自己ベスト&セカンドベストを、この春の1ヶ月の間に出しているのはデカイ。そして3人が揃った日本選手権を迎えるのである。

優勝 ケンブリッジ 飛鳥 10秒16
2位 山縣 亮太 10秒17
3位 桐生 祥秀 10秒31

ここでも伸びはなく、桐生は勝てなかった。後半には痙攣したとの話もあるが、それでも中盤からグッと伸びる「本来の走り」は見られなかった。山縣は安定した走りを見せたが、それを上回ったのがケンブリッジ。元々200メートルが得意であった彼は、5月の東日本実業団陸上で日本歴代9位の10秒10を出して一気に「第3の男」に。これまで怪我で伸び悩んでいた男は、「2強」を抜いて日本チャンピオンになった。200メートルを走っていたおかげで長く加速出来るケンブリッジは、とにかく後半が強い。

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「(ケンブリッジは)トップスピードに乗ってからひとり旅ができる」(朝原宣治)

周りを気にせず本来の自分の走りをするのが「ひとり旅」。元々それほどスタートが得意でないケンブリッジは、前半遅れても気にする必要はない。後半の走りに自信があるから、慌てずにすむのだ。経験不足感は否めないが、その分、怖いもの知らずだし、伸び代が期待出来る。このタイプは本番に強い。

さて、リオ五輪で日本人初の9秒台は出るのか? そして決勝に残る選手は出るのか? それぞれが「本来の走り」をすれば、もちろん十分可能性はある。だが、その「本来の走り」が如何に難しいかをわかっているのは本人たちだ。特に桐生は、そこが一番のプレッシャーになっているのではないか。実はこの桐生、今年の初戦となる4月2日のアメリカ・テキサスリレーの100m(タイムレース)で、9秒台の選手たちを破り、レース1位となっている。タイムは平凡な10秒24であったが、「遂に覚醒!」のときを迎えたと個人的にも思っていた。しかしその後、またハマってしまった。

「(桐生には)少し楽になってもらいたい。重い荷物を下ろして、(日本学生個人選手権で自己ベストタイの10秒01を記録した)平塚のように元気の良い走りをすれば、力は出ると思う。私の現役時代に少し似つつあるけど、1人で9秒台(のプレッシャー)を背負っているように、この頃は見えている。最初に出したいという気持ちは持ってもいいけど、少し楽に100メートルと向かい合ってほしい」(伊東浩司)

おそらく日本人選手によるリオ五輪男子100メートルでの9秒台と決勝出場は難しいだろう。世界最高峰の大会だからこそ、「本来の走り」+アルファも必要になってくる。世界には速い選手がもっといるし、伸び代100倍の選手も出てくるだろう。だから今回のオリンピックでは、桐生、山縣、ケンブリッジのタイムに注目して欲しい。どれだけ自己ベストに近いタイムを出せるのか。もしくは自己ベストが出るのか。日本人選手が大舞台で「本来の走り」をするところを心から見たい。それが頻繁に成されなければ、日本人男子100メートルの未来は暗い。

これまでに9秒台を出した選手は116人(2016年7月現在)。もはや9秒台なんて、当たり前の世界になっている。ただ、それさえ出れば、日本人もやっと「勝負の世界」に参加できる。現在、9秒台に手が届く日本人選手が複数いるのは、間違いなくチャンスだ。選手の所属先を越えた日本陸上連盟主導による強化プロジェクトも進めるべきだし、海外遠征にもガンガン行くべし。そしてもちろん後にも繋げなくてはならない。2003年世界陸上パリ大会200メートルで、唯一非黒色人種で決勝進出し、堂々3位に輝いた末續慎吾が忘れられない。2008年北京オリンピックで、銅メダルを獲得した4×100メートルリレーが忘れられない。200でもリレーでも出来たんだから、100でも出来るはず。リオ五輪で中居クンの爆発はないだろうが、来年の世界陸上ロンドンでは、織田裕二の雄叫びを絶対聞きたい。

「ヤッターッッ!!!!!桐生キタ〜ッッッッ!!!!!!!!」って。