信号が青になって歩き始めると、まったく同じスピードで、横に人が付いてしまうことありませんか? そこでゆっくり歩いても、その人もゆっくりになるし、速く歩いても気が合っちゃう。そういうときは、電話がかかってきたフリして立ち止まるのですが、先日はそのあと松屋に行ったら、その人がまたいました。出るときも一緒になったので、また電話がかかってきたフリをしました。

日々の生活の中で、私たちはたくさんの人たちとすれ違います。でもそんなすれ違った人たちの人生や生活を知る術なんて到底ありません。でも私も、あなたも、すれ違った人たちも、毎日を毎日過ごしています。これまでの毎日、そしてこれからの毎日。なにがあったのかな。なにが起るのかな。なにをしようとしているのかな。…気になりません?そんなすれ違った人たちにお話を聞いて参ります。

小林勇貴(こばやし ゆうき)さん 27歳:映画監督

本日は朝早くから、ありがとうございます。

こちらこそよろしくお願い致します。

遂に『全員死刑』が公開されましたが、やはりお忙しかったのではありませんか? 

そうですね。宣伝期間もありましたので。

これまでも宣伝とかはやられていなかったんですか?

前に撮った『孤高の遠吠』のプレミア上映のときに、それに絡めたものは自分なりにしたんですけど、ここまでというのは初めてですね。

どうでしたか? 面倒臭いなぁとか?

全然そんなことありません。どんどん盛り上げたいので、面倒臭いとか、嫌だなあとは思わないですね。

『全員死刑』は、小林監督初の商業映画ですよね?

はい。

商業映画と、商業映画じゃない違いが、よくわからないんですが。

ヘドローバ』を撮ったおかげで、俺もさらにわからなくなりました(笑)。

この度は、弊社の初映画『ヘドローバ』の監督も引き受けてくださって、本当にありがとうございました!

こちらこそありがとうございました。楽しかったです。

『ヘドローバ』も商業映画といっていいのでしょうか?

もちろんです。予算を出してもらって、撮ったのですから。

では、今まで撮られた映画は、全部監督が自腹で出していたんですか?

はい、自主制作映画ですので。

やっぱりお金が出るとなると、「もっとこうしてよ、ああしてよ」みたいな要望が増えたりするんですか? やりにくくなったり?

そんなことはありません。「こういう風にした方が、お客さんに伝わりやすいのでは?」みたいなアドバイスはいただきましたが、政治的な意見などはありませんでした。それをしても、どうにもならない人間だと思われているので(笑)。

いってもしようがないと(笑)。

「こいつにさせてはいけない」と思ってもらえたことには、とても感謝しています。

『全員死刑』の制作は、どのようにスタートしたんですか? 

西村喜廣監督からお話をいただいてスタートしました。

えっと、今作のプロデューサーさんですよね?

はい。

そもそも西村監督とは、どのようにして出会ったのですか?

2016年の〈ゆうばり国際ファンタスティック映画祭〉に『孤高の遠吠』が入選しまして、出席するために夕張に行ったんです。で、飲み屋にいたんですが、そこでイライラしてたんですよ。

何にイライラしてたんですか(笑)?

俺は、だいたいイライラしてるんですけど、そのときは同じ年に入選した監督が女子高生だったので、「そいつの勝ちじゃん」って思っていたんです。女子高生が撮った映画をグランプリにしたらニュースになるし、映画祭のアイドルになるし、それに〈ゆうばり映画祭〉って、勝つと200万の賞金が出るんですよ。賞金が絡む映画祭の悪いところは、〈攻めない〉って部分ですね。政治が絡んで、いろいろな出資者から集めた200万じゃないですか。人の思惑が絡んだ200万なんですよ。となると、もっとも無難な映画が優勝する。政治的に金を出した人間から、不満が出ないような映画が勝つ。だったら女子高生が最強じゃないですか? そう考えると、もうイライラして。

ちなみにその女子高生監督は可愛かったんですか?

これがめっちゃ可愛いんですよ。

アハハ!

もともと女優なんですよ。もう勝ちじゃないですか。女優で、めっちゃ可愛くて、女子高生で、映画も撮れますって。評判もいいんですよ。更に映画観たらめちゃ面白かった。

面白かった(笑)!!

はい。確かに面白かったんです。ラブコメなんですけど、40歳近くなっても高校を卒業できないおじさんと女子高生が主人公で。「こいつ絶対勝ちじゃん」って(笑)。

めちゃくちゃ面白そうですね(笑)。

イライラしていたときは、まだ観てなかったんですけど、作品じゃない要素で「勝つだろ、こいつ」って思っていたので、めちゃくちゃムカついていたんです。「殺す」って、ずっといってて。

殺す? 女子高生を(笑)?

いえ、皆です。映画祭に来ている皆です。「殺す気マンマンの人間が映画祭でウロチョロしてることを忘れるな」なんて、ずっとツイートしてたんです。

物騒な映画祭ですね(笑)。

で、飲み屋でイライラしていたら、そこに西村喜廣監督がいたんです。俺すごいファンだったので、「え~! 本物だ!」って、つい声かけちゃったんですよ。そしたら「あ?」っていわれて(笑)。「自分は『孤高の遠吠』っていう映画で、今年のゆうばり映画祭に入選したジャリです」

ジャリ!!

「小林勇貴っていいます」って挨拶したら、「飲み直すぞ」と。そしたら「お前さ、誰を殺したいんだ?」っていわれまして。

西村監督は、〈小林監督=殺す人〉って知ってたんですか?

はい。知ってたんです。西村さんは、ゆうばり映画祭の常連なんで、チェックしていたみたいなんです。「お前、ずっと殺したいっていってるけど、誰を殺したいんだ?」って。

それで、なんて答えたんですか?

「どいつもこいつも皆です」って答えたら、「それじゃあダメだ」と。「殺意が自分のなかにあるときは、〈明確なコイツ〉っていう殺人対象がいなきゃダメ。殺意を持つ上で1番大事なこと」って。すごいな、勉強になるな、でも皆殺人対象だしな、なんて考えながらも(笑)、朝近くまで飲んで、いろんな話をしたんです。そしたら俺がグランプリを獲りまして。

ええ。

その後、西村監督から「うちのアトリエに来い」って連絡がありまして、「200万、どうするんだ?」と。

賞金の200万円ですか?

はい。その200万で、次回作をつくらなくてはいけない決まりがあるんです。支援金みたいなものですね。だから半分商業映画みたいな立ち位置になるんです。

200万で映画は撮れるものなんですか?

これまでは撮れていました。『孤高の遠吠』とか、いつも2万から5万とかで、勝手にカーチェイスを撮ったりしていましたから。だから200万なんて大金、何に使ったらいいのか、さっぱりわからなかったんです。でも西村監督からは、「200万円で商業作品は撮れない」といわれまして。俺は5万でなんとかなると思っていたんですけど、もう、そういう話ではなかったんですね。

なるほど。

そしたら「日活に千葉さんという人がいる。繋げて話をしたいから、企画書を書け。A4の紙1~2ページでいいから出してくれ」っていわれまして。

こちらも『全員死刑』プロデューサーの千葉さん?

はい。千葉善紀さんです。「マジで会えちゃうの!?」って興奮しました。手がけられた『極道戦国志 不動』とか『ゼイラム』とか『殺し屋1』のアニメとか『隣人13号』とか、前から本当にめちゃくちゃ好きで、大ファンの西村監督と千葉さんに囲まれるという、正にハーレム状態でした(笑)。それで興奮して企画を8本出したら、千葉さんも西村さんも「どれも面白い」といってくれまして、クラっと失神しそうになりましたし、意味がわかりませんでした。ええ、この状況が(笑)。これまで、自分と不良だけで撮るばかりだったので、本当にすごく好きな人たちに届いて、更に新たな企画をご一緒させてもらう状況自体が信じられなかったんです。

はい。

その企画のなかで千葉さんが「この不良団地の話をロングプロットに変えて欲しい」っていわれたんですけど、ロングプロットの意味も知らなかった(笑)。脚本1歩手前みたいなもので、西村監督に教えてもらいながら、バーッと書きました。それが『ヘドローバ』に近い話だったんですけど、ちょっと撮影の工程が難しくて、途中で止まっちゃったんです。おふたりから「他に撮りたいモノを考えておいて」っていわれたんですが、俺は前から『我が一家全員死刑』っていう本がめちゃくちゃ好きだったんです。〈大牟田4人殺害事件〉の死刑囚による獄中手記を元に、鈴木智彦さんが書かれた本です。それをFacebookで「いつかこれを映画にできたらいいと考えています」なんて、たまたま書いたら、千葉さんが「じゃあ、今やっちゃう?」とコメント欄に書いてくれまして(笑)。それで企画が進み始めたんです。

では、西村監督、千葉さんには、『全員死刑』をやりたいと、直接いってなかったんですか?

はい。そのときのおふたりとのやりとりとは、分けて考えていました。どういうものになるのか、まったくイメージは浮かんでいませんでしたし、原作物なのでハードルもあるだろうし、漠然としたイメージで最初からつくれる映画ではないと考えていたんです。経験を積んでから、辿り着かせてもらうものだと。ただの呟きの気持ちでFacebookに投稿したら「今やるか?」でしたから、それはもう「はい!」っていう感じでしたね。

そこから『全員死刑』はトントントンと。

はい。

『全員死刑』は、2週間くらいで撮ってるんですよね?

はい、撮りました。

短くありませんでした? 大変じゃなかったですか?

いいえ。『孤高の遠吠』とかは、毎週土日とかで撮ってたんで、結果半年ぐらいかかってるんですよ。ですから、今回はたまらなかった。「明日も撮れる、明日も撮れるぞ」って(笑)。ぶっ続け、ぶっ通しは、撮影中毒者にとっては、本当にたまらなかったです(笑)。

クランクアップのときは、寂しくてしようがなかった?

いやいや、今度は早く編集したくて。

編集も全部ご自身で?

はい。1~2週間でやりましたね。仮編をして。

今回は商業映画ですから、編集後の作品を各所に見せなきゃいけないですよね。周りからの声は気にされました?

そうですね。でもそれは不良と共に撮ってたときとあまり変わりませんでした

不良と共に(笑)。

まぁ、今も不良と撮ってるんですけどね(笑)。撮った映画の仮編を不良たちに渡して、意見をもらってから、再編集をやっていたので、それと同じといえば、同じでしたね。

ちなみに今、監督は他にお仕事をされているんですか?

現在は映画だけです。でも今年からですね。それまでは日活でアルバイトをしてました。アダルトチャンネルで放映する作品のモザイクを入れるバイトです。千葉さんの紹介で。

CSとかBSのヤツですか?

そうです。マ●コにモザイクを入れる仕事です。オリジナルではなく、普通に売ってるAVなんですが、レンタル用、販売用、放映用のモザイクってサイズが違うんですよ。

へええ! それは知りませんでした! どっちがどうなんですか?

レンタルの方がモザイク濃いです。

タイルの部分がデカイんですか?

もう面積が。面積がデカイです。

その面積をデカくする仕事をずっとやられていたと(笑)。

はい。本当に金がなくて、その仕事を千葉さんが紹介してくれる前までは、どうしよう、どうしよう、ってな状況でした。

それまではなにをされてたんですか?

もともと俺はグラフィックデザイナーだったんですけど、辞めまして。

映画を撮り始めたからですか?

はい。しこたまバイトの面接も落ちましたし。

どんなバイトを受けたんですか?

最後に落ちて、気が狂いそうになったのは、綿菓子屋のバイトです(笑)。

綿菓子屋のバイトってなんですか? 工場?

実情はわからないですけど、綿菓子屋でした(笑)。

どこで見つけたんですか?

ネットのタウンワークみたいなので見つけました。業務内容〈綿菓子〉って書いてあって、〈これ絶対最強じゃん〉って。〈ヒゲ〉〈髪型〉〈自由〉みたいなの、検索で絞れるじゃないですか? 絞ったらすぐに〈綿菓子〉が出て来たんですよ。これは自由そうだな、綿菓子だからね、みたいな。

綿菓子=自由(笑)。

それで面接に行ったんです。そしたら廃ビルのなかにあって、部屋に入ったら、本当にビートたけしの映画に出てくるようなヤクザ事務所みたいなテーブルがあって、お姉さんがいて。「面接はこちらです。担当者が来ます」みたいな。面接の部屋があるのかと思ったら、そのまま裏口を抜けて、外階段に出されたんですよ。そしたら外階段に丸い椅子が置いてあって、「え?」っと。そこに座らせられて、待っていたんです。

もう怖いですね(笑)。

そしたら担当者が上から来たんですけど、上の階段の踊り場に座るんですよ。「何だ、これ?」ですよ(笑)。階段の上と下とで面接するわけです。

もう嫌ですね(笑)。

ビルとビルの間の外階段なので、ビル風がすごくて、何をいってるのかもわからない(笑)。でも俺は働かないといけないので、「頑張ります!」とか、「大丈夫です!」とか、「うちはこの近くです!」「朝早いのも大丈夫です!」「夜遅いのも大丈夫です!」とか、叫んでいたんですけど、そこで「終わりです」みたいな。お辞儀されて、カンカンカンカンって、担当はいなくなったんですけど、今度は部屋に戻れない。内鍵が掛かっていて、事務所に戻れない。

もう帰ることもできない(笑)。

結局そのまま外階段で降りて帰りましたが、後日〈不採用〉の通知が来ました(笑)。

すごい綿菓子屋ですね(笑)。

「綿菓子屋のバイト落ちました」って千葉さんに報告したら、自分の問題かのように親身になってくれて、それでモザイク入れの仕事を与えてもらいました。

ゆうばり映画祭でもらった200万円は?

これまでの映画で、不良の子たちはノーギャラだったので、そこからギャラを払いました。ですから、手元にはほとんど残りませんでしたね。

監督のご出身はどちらですか?

『ヘドローバ』の舞台になっている静岡県の富士宮です。

すいません。〈富士宮焼きそば〉しか浮かびませんでした。

あとは伊丹十三をナイフで切り刻んだヤクザがいるところです。

ああ! そんな事件ありましたよね(笑)。どんなんでしたっけ?

伊丹十三監督が『ミンボーの女』で、「ヤクザなんて本当は怖くないんだってことを映画を通じて伝えたかった」と発言したんですね。そしたら、うちの地元のヤクザが切りに行っちゃいました(笑)。そんなところです。

子供の頃は、そんなところで何をして遊んでましたか?

トンボの分解かな(笑)。トンボとかカナブンをむしっていました。することがないので(笑)。俺は神経質なので、すごくキレイに並べるんですよ。

分解したトンボを?

はい。パーツ順に並べて。他の皆はバラして終わるんですけど、俺はすごくちゃんとしていました。

ちゃんと(笑)。分解したパーツがピクピク動いているのを眺めていたんですか(笑)?

どうだったのかなぁ(笑)。多分、筋肉の収縮はありましたね。

『全員死刑』でも、ギュッ! て、殺したあとに、ビクビクッ! って動くシーンあるじゃないですか。死んだ後の人間って、こんなに動くんだって怖くなりました。

ずっとYouTubeで、人が痙攣する動画ばっかり観ていたんですよ(笑)。サッカー選手とかボクサーとかが、失神してバタバタなるヤツ。「失神ってどうすればいいんですか?」って、痙攣役の藤原季節くんから訊かれたとき、俺が見せてやりました(笑)。そしたらアクションチームの人たちが「すげえ上手い! 監督失神すげえ上手い!」って。すごく盛り上がりましたね(笑)。

じゃあ、あの痙攣は監督直伝(笑)?

はい(笑)。俺が参考にしたのは脳しんとうですね。脳の電気信号じゃないですか。動画を見ててすごく感じたのは、「何で足から動くんだろう?」ってことですね。ピン!って、足が上がるんですよ。それが怖くて、怖くて。それを藤原季節くんは本当に完璧にやってくれました。なんて話のわかる人なんだろうと思いました(笑)。

痙攣のご説明、ありがとうございました! では話を戻らせていただきますが、小学生時代、不良の子とかいましたか?

普通にいましたよ。

監督も不良だったんですか?

いえいえ、全然違います。

富士宮の不良小学生って、どんな不良なんですか?

襟足が長いです(笑)。

はい(笑)。

まぁ、今、振り返ると不良だったなっていうのはあるんですけど、当時は普通に友達ですよね。不良という風には捉えていなかったです。

でも中学生になると、襟足の長い子たちも本物の不良になっていく?

そうですね。

私の頃は、校内暴力みたいなのがあったんですけど、監督の中学はどうでしたか?

授業中に近くの席のやつが、安全ピンを耳にバチバチってやってました(笑)。先生を睨みながら、安全ピンをどんどん刺して、白いB-BOY系の服を着てるのに、血でダバダバになって(笑)。

そんなの見たことも聞いたこともありません。

先生が、「お前外に出ろ!」って。でも「何で俺が出て行かなきゃいけないんだよ!」と。出て行くの当たり前ですよね、そんな安全ピンだらけのやつ(笑)。