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スクワッター、チカーノ、スモーキーマウンテン、そんな題材を撮影していた名越啓介と初めて会ったのは2011年の春だっただろうか。知人から紹介を受け、ロンハーマンの千駄ヶ谷店で待ち合わせた。夕日が差し込む心地よい空間で、本人を前に、まざまざと写真を直視したとき、吐き気をもよおしたことを思い出した。次々と押しよせてくる写真には、自分の度量を超える言葉にできない世界が焼きつけられており、居心地が悪くなった。もっと正直に書けば、気持ちが悪くなった。

VICE MAGAZINEをはじめ、それから何度か表現を共にする機会を得たが、今回、初めて写真集をつくることに決まったとき、真っ先に湧き上がった感情は恐怖でしかなかった。名越の写真は、見れば見るほど、人間を愚直に表現している。自分の恋や、身内のあれこれといった個人的な物事でもなく、有名人でも著名人でもなく、見知らぬ誰かの、綺麗でもカッコ良くもない人々の有りのままが表現された写真――。はたして、この熱量に対して、何か方向性を持たせて、編集できるのか。

写真集の舞台は、愛知県豊田市・保見団地。約3000人のブラジル人、ペルー人、ボリビア人などが住む日本では珍しい移民の集住地区で、定期的にマスメディアに取り上げられている。かつては幽霊団地、ブラジル団地、ゴミ団地などと揶揄されていたらしい。
1990年の入管法改正以降、多くの日系ブラジル人が来日し、空き家の多かった保見団地にやって来た。そして、90年代後半以降は、団地住民の約40%が外国人、とくにブラジル人が多くを占めるようになる。
われわれとはまるで異なる常識や習慣を持った外国人による複数のコミュニティを包み込む保見団地。おまけに、その場所は、世界一の自動車メーカー、トヨタの御膝元。これがメディアのネタにならないはずがない。日本人住民との軋轢、自動車下請け工場で働く移民たちの姿など、いくらでも切り口はある。ジャーナリズム、サブカルチャー、感動ポルノでも売れるだろう。

にもかかわらず、この写真集で名越啓介が「なにを伝えたいのか」と訊かれても、はっきり一言では表現できない。10代のブラジル人たちの自由さだったり、日本とは異なる家族関係の面白さ、あるいはグローバリズムから生まれる多様性、教育問題など、したり顔でカテゴライズすることはできるが、たぶん、それは間違っている。名越は3年の月日をかけて、被写体の感情の機微を積み重ねた。この作品の写真は、それだけで構成されている。
読者の想像力だけが、より大きな「何か」を生み出すのだろう。

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今回、保見団地を題材にした理由を教えてください。

今まで海外の撮影が多かったから、日本国内の物事を題材にした撮影をしたいと思っていて。同時に、年末に時間を持て余しているときに、名古屋にブラジル人の走り屋がいると聞いて。埠頭でドリフトをしてるらしくて、横に乗っけてもらって撮影しながら、ニューイヤーを迎えたら面白いなって。

なぜ、ブラジル人を撮影したかったのですか?

たしか、2000年の夏だったと思うんですけど。浜松あたりを車で通りかかったときに、夏だったし暑かったから、車で寝るより外で寝た方が涼しいと寝れる場所を探していたんです。そしたら砂丘があって、カーニバルというかビーチパーティーというかレイブみたいなパーティーをやっていたんです。3000人くらいのブラジル人がいて、しかも、みんな水着で異様な光景でした。日本人が1人もいなかったので、その場所自体がとても日本には思えなかったんです。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロとサルバドールには、カーニバルの時期に撮影で行った経験はあるんですが、その浜松あたりでのパーティは、日本国内にも関わらずブラジル人だらけという感じが、より面白かったです。その印象もあり、日本国内でブラジル人がたくさん住んでいる場所があったら撮影したいと、どっかで思ってました。

前作『スモーキーマウンテン』では、フィリピン人を撮りました。

外国人には、日本人が考える常識と180度異なる部分があるから、接していて単純に驚きがあるんです。デタラメっていうと言葉は悪いですけど、デタラメですしね(笑)。
日本人と比べると、生活習慣や性格が大雑把な人が多いですよね。特にフィリピンなんかはデタラメだったし、それ以上に、ファンキーさも違うんです。驚きやインパクトが強い題材だと、撮影していても、写真になったときも最高ですからね。

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保見団地の第一印象は?

夜中に、キャッキャ遊んでいる色んな肌の色をしたチビッコが、電話ボックスのなかに5人くらい一緒に入って、ベラベラしゃべってたり、たむろしていて。そんな少年たちを撮影させてもらって、そのなかで気になる1枚が撮れたのがきっかけで、たびたび撮影に行くようになりました。

撮影を始めたころは、警察官に間違われたそうですね。

未だに警察官だと思っているわけじゃないでしょうけどね(笑)。彼らの話を聞くと、最初は私服警官だと思ったらしいです。日本人の感覚からしたら、こんな私服警官がいるわけないだろうって感じですが、しつこく撮っていたから、怪しかったんでしょうね。

名越さんの写真は、いつも、被写体との距離感が「近い」ですよね。もちろん、仕事で俳優などを撮影しているときは、単純な接写距離がもっと近い写真も多いので、いまいちピンとこない読者もいるかと思いますが、「プロ同士」の撮影は、「撮られる側」も構えていますから、いわゆるドキュメンタリーの現場における「被写体との距離」とは種類が違うと思います。私服警官と間違われる状況から始まった撮影で、どのようにして被写体との距離を縮めていったのですか?

最初に手応えを感じた写真が、保見団地の若い子たちの日常だったので、その延長線上で撮影を続けたいと思っていました。

「日常の物事」ですね。

そうですね。日常の物事を題材にしようと思ったとき、毎回、東京から通って撮影しても、彼らとはわかり合えないし、上っ面の表現にしかならないんじゃないかと。それで、団地に一室借りて、彼らと同じ場所で生活しようと思いました。
ただ、部屋を借りて住んだのはいいんですが、いくら「日常の物事」をテーマにしているとはいえ、なんのインパクトもない物事を撮るわけにもいかないですからね。そういう意味では、当たり前なんですけど、何も起こらない日の方が圧倒的に多かったです。

そうやって、何もない日常をともにすることで、彼らと仲良くなったんですか?

まあ、仲良くなるといっても、そもそも一回り以上、年齢が違う子供たちだし、団地の日本人の住民との関係や、小学校とか中学校でいきなりブラジルから転校してきた彼らの体験というか、日本での暮らし方の経緯からしても、東京から突然やってきた、日本人としての自分を受け入れてくれる状況ではなかったと思うんです。
実際、朝夕と毎日、学校の通学路で撮影してたら、警察や先生たちに目をつけられて、そのうち「カメラを持った黒いハットの人物に気をつけろ」、みたいな張り紙をされたり……。
いろいろありましたね。
ただ、そういう生活の中で大きかったのが、「何もないな」って思って、団地内をフラフラ、フラフラ歩いていたら見つけた142棟の下の広場みたいな場所。そこには、いつも誰かがいたんですよ。

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写真集の中にもよく出てくる、あの場所ですね。

暇だっていうのもあるんですが、ずっと一人でいると、やっぱり寂しいじゃないですか。とくに、藤野さん(後出)がいなくなった後とか、もう、ずっとひとりですから。それで、誰かと話したくなると、142棟の下に行ってね。そこにいけば、誰かがいるから。
それが、写真を撮る、撮らないじゃなくて、保見団地で暮らしていく上で、精神的に大きかったです。たぶん、自分だけじゃなくて、彼らも暇だったんでしょうね。だから、集まったところで、何もすることもないし、ただ一緒にいただけなんですけど。それによって、徐々に距離を詰められたのかな。今にして思えば、そういう場所があるのは、団地ならではの環境かもしれないですけど。

東京にいると、「暇」の意味が分からなくなるかもしれませんね。

団地は、本当に暇ですよ。普段はあんまり風景とか撮らないんですけど、団地の写真を見返していたら、けっこう風景がたくさんあって……。よっぽど暇だったんでしょうね(笑)。
東京だと、寝るのは深夜から明け方ですけど、団地では0時前には寝てましたから。

舞台裏の話になりますが、今回、3年間で名越さんが撮った写真は、約4万枚。その全部の写真を一緒に見て、セレクトしましたが、途中、本当に暗い、人もほとんど写っていない写真が、約1ヵ月間ぐらい続いた時期がありました(笑)。

そうですね。あの頃は、完全に見失って、本当に何を撮るべきなのか、まったく分からなくなってね。

逆にいえば、暇すぎて退屈な毎日だからこそ、たまに行われるバーベキュー、海へのツアー、サバイバルゲーム、お祭り、デート、卒業式など、とくに珍しくもないイベントに対して、貪欲に驚きをもって、写真を撮り続けられたのかな、とも感じました。

それは、あるかもしれないですね。

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しかし、出産や家庭裁判所なんかの写真は、本当に近い関係性がないと撮れないです。

出産は、面白かったですね。生まれてくる子供のお父さんが、分娩室に入れなくてね(笑)。分娩室で付き添えるのは、1人だけだったみたいで。奥さんのお母さんが中にいて、旦那さんはダメだったんです。もちろん、彼は付き添いたいでしょう。でも、入れない。それで、ものすごく怒って、病院の壁を殴ったりしていて、そのうち、旦那さんがお母さんに向かって「ビッチ」って叫びながら帰ってしまって。

そんなシーンも全部捉えてますからね。すごい、というか怖いですね。

何がですか?

本人たちが同行を許可していたとしても、そんなシーンを撮られているとは、気づいてないでしょうから。そういえば、自分も個人的に名越さんに撮られたこと、ありました!ぜんぜん気づかなかったですね、自分のことに夢中で。

はっはっは。酔っぱらって、道端で女の子とキスしてたやつね。それは、バッチリ撮ってますね(笑)。その場所で空気になるというか、そこにいるのを悟られないように撮影するのが、理想だと思っていますから。

取材に同行させてもらったとき、142棟の下にも行きました。別に何を話すわけでもないのですが、集まっている彼らが全員帰るまで、朝の4時だろうが5時だろうが、1番最後まで、一緒に遊びながら撮影しているのが印象的でした。そうやって一緒に居続けると、そのうちに、家に招待してもらえるんですか? なかなか、家庭料理なんて振舞われないですから。

だいたい、彼らのお母さんは、自分より年下が多いんですけどね(笑)。保見団地にはフォックスという建物に、ブラジルやペルーの食品が売っているスーパー、シェラスコを食べられるレストラン、ブラジルのハンバーガー屋があるので、団地に来れば、誰でもブラジル料理を食べられます。だけど、家庭料理は、その人たちと仲良くならないと、簡単に食べられるもんじゃないですからね。だからこそ、思い出深いし、何より美味しかったです。

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写真を見てると、単純に腹が減ります(笑)。また、今回の本は共著者のノンフィクション作家、藤野眞功さんが、写真に差し込まれる言葉の断章と、ルポルタージュを執筆しています。

写真をやっていると、文章ってすごく大事なんです。写真だけじゃ伝わらない場面も多いので、一度、藤野さんと一緒にやってみたいと思っていました。

そんななか、一緒に住み込むようになるのですが、その経緯は藤野さんの原稿を読んでもらうのが一番です。

藤野さんとは、けっこう仲良いと思っていたのですが、あの文章を読んだら考えさせられました(笑)。しかし、物書きの人は怖いですね。全部本当の事実なんですが、起こったすべてを克明に書かれますからね。いや怖いですね。

言葉というと、今回は日本での撮影なので、被写体と言葉が通じるという点で、海外での撮影とは大きく異なります。

自分の場合は、言葉が通じるからこそ、余計に難しい部分もありました。言葉で先に相手の心情が分かっちゃうと、それが先入観になって、写真を邪魔する部分もあるから。そういう意味では言葉が通じない方が写真を撮りやすいです。

言葉が通じるから、被写体との距離が縮まるわけではないのですね。それに、今回は「撮影の手法」も違う印象です。これまで多かったモノクロで粒子感が強い表現方法や、セットアップ的な手法は「ポートレイト」以外には、ほとんど使われておらず、デジタルでのストレートフォトですよね。

被写体に、いわゆるポーズをさせたり、なんだかんだするのって、結局、自分を投影させようとしているだけですからね。『チカーノ』とか『スモーキーマウンテン』については、被写体に自分の理想を投影させていた部分もあります。
作り込んだ世界の理想郷みたいなものを写真に込め、より強く人に記憶させるために、ポーズをさせたりするんですが、写真は記録する媒体でもあるので、今回は記録する感覚で撮影しました。被写体の有りのままを表現したかったので。

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家族全員がキスしている写真や、暴走族が桜の木に登っている写真などが象徴的です。

この2枚は、よく「セットアップしたのか」と聞かれますが、その場で起こった物事を撮影しただけです。団地の部屋のなかでキスしている写真は、家族のパーティに呼ばれたときに、一組がキスしたら、みんなが勝手にキスを始めて、あれは面白かったですね。

横で見ている子供の表情も印象的ですしね。この写真の前後に撮っていたアザーの写真も見ましたが、なぜか人が集まってきて、キスを始める一連の動きが見えて、面白かったです。

暴走族の写真は、あれですね。団地のブラジル人たちが日本人の暴走族を嫌っていて、彼らがバイクのまま団地のなかに入るとやられちゃう(笑)。だから、団地の周りで集まっていたんです。そしたら、彼らがそこにあった桜の木に登って遊びだしたのを撮影しました。

ただ、いくら自然なものを撮るといっても、写真家として、綺麗にとか上手く撮るという価値観を否定するわけではないですよね。

「最近は誰でも」って言ったらアレですけど、過剰すぎるとも感じるほど洗練された世界を求めている写真が多いと感じています。言い方は変ですけど、有りのまま、カッコ悪いくらいの写真の方が、人の気持ちが伝わるというか。
ただ、もちろん技術的な部分もあるんですが、やっぱり今回は人を撮ってるわけだから、人の懐にどれだけ入っていけるかに尽きるんじゃないですかね。

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そういう意味では、家庭裁判所のシーンも印象的です。

ブラジル人の男の子が喧嘩して、捕まってしまって。だけど、子供がいるという理由で、少年院に入らなくてすんだみたいで。その場面に同行させてもらって撮影しました。

ここでも、熱烈なキスを撮っています(笑)。

ブラジル人たちは、日本人と比べてストレートに感情を出すので、そこら中っていったら言い過ぎですけど、よくイチャイチャしてますからね。自分はそうやってストレートに感情を表に出すのが苦手だから、羨ましい部分もあるのかも。

被写体の有りのままが、名越さんにはない理想的な部分でもあるのですね。こちらの理想を被写体に押しつけるのではなく、被写体に魅了されてシャッターを押す。特に、名越さんがよくいう「ファンキーさ」を持った被写体の魅力が描き出されている写真も多いですね。

ファンキーといったら、保見団地ではリッキーくんのお父さんですね。ペルー出身の方なんですが、保見団地に最初に来たとき、天国だって感じたみたいです。小さい頃から踊りが得意で、ストリートで踊ってお金をもらって生活していたときの話も、「見てるなら、お金をくれよ」って心のなかで叫びながら踊ってたと言ってました。かなり貧しい環境で育ったんでしょうね。
「真実」かどうかは分からないですが、自分の体験だと、貧しさの裏返しでファンキーな人は、素敵ですね。フィリピンのスモーキーマウンテンの人たちとか。極貧の生活をしているんですけど、ほとんどの親が、その環境を笑いに変えていく強さを持っているから、それがすごく魅力的で。誰に対してもオープンマインドで接するし、底なしの明るさも感じました。それと近いインパクトが、まさか日本の団地で起きるとは思っていなかったので。

リッキーくんのお父さんと最初に会ったのは?

107棟の下に公民館みたいな共有スペースがあって。そこで行われたリッキーくんの子供の誕生日パーティーのときだったかな。お父さんが踊るたびに女性陣が拍手して、ヒューヒューいわれたり、すごくモテていて。
それまで、保見団地のなかでは、黒人をそこまで見なくて、お父さんが目立つっていうのもあったんですが、とにかく踊りが超上手いっていうのが第一印象です。
話を聞いていくと、リマでテロリストと戦っていた元軍人で、そのときに銃で撃たれた傷があるんだと見せてくれたり。こんな人も団地にいるんだって。

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お父さんの誕生日会もすごかったですね。

あれは、すごかったですね(笑)。団地の一室で、夜10時からのパーティって聞いていたから、まさか、そんな激しくはならないと思ってたけど、音楽ガンガンかけて、リッキーくんをはじめ、80歳くらいのおばあちゃんから、2歳くらいの子供まで、10人以上の親戚が、団地の狭い部屋で踊っていて。
でも、やっぱり、リッキーくんのお父さんが一番ファンキー。日本で20年以上住んでいて、「これをやったらダメだ」「あれをやったらダメだ」みたいな規制があるなかで、変に日本人っぽくなったりせず、まったく変わらず、あんなにファンキーに踊ったり、最初からオープンマインドでガンガン来てくれるから、すごく最高の人ですよね。

ファンキーさを求めるというのは、過去の作品にも共通する名越さんの代名詞的な部分かもしれないですね。

これまでも今回も、自分は、どんなに過酷な環境であっても、その人を可哀想とか、大変だなという視線では、全く見ていないですからね。もちろん、そう思う部分があったとしても、そこよりも、そんな中でもファンキーに生きている強さに惹かれるんです。だから、撮影をしていて、突然ボランティア精神が湧くわけでもないし、今こういう状況だから、こうしないとダメだとか、そういう感じにはならないから。

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そんななか、2016年11月25日に写真集としてリリースしました。日常をテーマにしている分、撮影を続けることもできたはずですが、なぜ、このタイミングでまとめたのですか?

ここで一冊にまとめようと思ったのは、最近、彼らが団地のなかで遊ばなくなったからですね。保見団地は、交通の便が良い場所ではないから、16、17歳くらいだと、車がないから、団地の外に出て遊ぶという場面が少ないでしょ。
だから、142棟の下に行けば、誰かがいるっていう感じの物事を撮影できたんですけど、もう、みんな成長して免許をとって、だんだん団地のなかで集まらなくなってきたんです。
もちろん、それぞれね、外での経験で、また新しい人間関係が繋がっていくだろうから、それでいいと思うんですけど。最近は、142棟の下にも、ほとんど誰もいないですよ。そういう意味では、一番良いときに団地に行ったのかなとも思います。団地から出られない閉塞感のなかで、キャッキャしてるのが面白かったから。

彼らが変わったように、名越さんも、この3年で変わりましたか?

自分自身がそれほど変わったとは思わないですけど、「彼らとの関係」は変わったでしょうね。最初は怪しいオッサン、それから仲良くなって……。その後に、自分もテレビに出てから、「あっ、テレビに出ている人だ」ってなっちゃったから。
中には、全然これまでと変わらずに接してくれる人もいるけど、みんな「俺、撮られるんじゃないか」と構えちゃうから、撮影するのが難しくなったというのもあります。
変なオッサンがいるぐらいの方が、撮りやすかったんですけどね。それでも、まぁ、今でも仲間だと思ってくれてるんじゃないかな。誰かが「今日は、名越どうしてるんだ」とか、「今日、なんで名越いないの」って言ってたとか聞くと、今はいい意味で、別の関係になっているかな、と。
自分は「人間は面白い」って思って、喜怒哀楽だったり一部始終を写真に記録して、こんな面白い奴がいるって、観てくれる人にわかってもらいたいだけなんで。そういう意味では、この作品が作れたのは、写真を撮らせてくれた、今は仲間だと思っている被写体がいてこそなので、改めて保見団地の人々には、感謝しています。

なお、保見団地を取材した動画「The People & Food of the Homi Projectsー名越啓介が出会った保見団地の日々ー」はこちら

Familia 保見団地』
写真家、名越啓介とノンフィクション作家、藤野眞功による写真集を2016年11月25日にリリース。VICEのページでは、名越啓介のサイン入りならびに、VICEと『Familia 保見団地』のステッカー付きで販売しています。www.vicejpstore.com